昨日が写真展の最終日でしたが、
見学者の方からこのニュースを聞いてびっくりしました。
びっくりしつつ、チュニジアやエジプトのデモ騒動を見ていて漠然と感じていたこと、
なんかそれが当たったかなと。
テロで体制を、世界を変えようとする路線は、もう終わった。
世界はもうアルカイダを必要としない時代に来ているのではないかと。
その一方で、タリバンなどで、その地域ごとの事情に根ざした組織はこれからも活動してしまうでしょうが。
グローバル化と言われて久しい今日この頃ですが、
息長く事業を継続できるのは、ローカルに密着した存在なのかもしれません。
ビン・ラディン。
サウジアラビア出身のコイツがアフガニスタンにやって来なければ、
そう思うことがあるが、歴史にIFはないんだから仕方ない。
時々、迎え入れたアフガンの人も悪く言う人もいるが、
誰であれ遠くから来た者を客人として歓待しない男なんて、アフガニスタンの男じゃない。
その客人をアメリカに売り渡す男なんて、アフガニスタンに存在しない。
そういうことを計算した上で、1996年にスーダンからジャララバードに降り立ったのだろうか?
不愉快すぎる。
そして、この男を追っかけて、今もアフガニスタンにいるアメリカ軍。
大変残念ながら、彼ら駐留外国軍が撒き散らした災厄は今も継続中。
ビン・ラディンが死んだところで、アフガニスタンはなにも変わらない。
もうそんな単純で、ひとすじ縄でちゃんちゃんとなる状況ではない。
かつてアフガニスタンの各勢力に、それなりの影響力があった国王もいない。
皮肉なことに駐留外国軍を含めての国際社会が、
ビン・ラディンの死によって、アフガニスタンに関心をなくし存在感をなくしていけば、
遠からずまた諸勢力でガラガラポンになるのではないか?
今のアフガニスタンには民族・党派を超えて結集できる「なにか」がいない。
「なにか」ってなんだろうね?