都鄙往還雑考

宝塚の山の中と街をいったりきたり 2022年12月よりブログタイトルを変更しています。それ以前の記事は順次整理していきます。

大陸に着いた日 前編

冬とは思えぬ、生ぬるく湿った空気が纏わりついた。
それが初めて感じた大陸の大気だった。
その時、僕のパスポートはまだまだ新しかった。
ビザが一枚、出国スタンプは一つだけ。
予定の2時間遅れで、僕はイスラマバード空港に降り立った。
連絡通り迎えの車はあるのだろうか。
プラカードを持たせた現地人スタッフがいるらしいが、
飛行機の到着時刻がずいぶんと遅れてしまった。
誰もいなかったらどうしよう。
入国審査の列の中で、そんな不安が頭をよぎる。
一つ前には女性が並んでいた。
顔とパスポートからして、日本人のようだ。
胸には母親に似た可愛い男の子を抱えている。
一歳くらいの彼は、全く進まないこの入国審査の列にたいそうご立腹だ。
母親の胸の中で全身を使って、勇敢にも係官に抗議している。
おかげで彼女は何度もパスポートを床に落としたので、僕がそのたびに拾った。
「大変ですね。どちらまで行かれるのですか?」
ペシャワールです」
 ありゃ?偶然にも行先は一緒だ。
「旅行ですか?」
「主人の実家がペシャワールなんです」
 実家・・・・。赴任先とは言わなかった。実家と確かにそう言った。
世の中いろんな結婚があるものだと、思わぬ一言で硬直しかけた頭にそう認識させる。
審査官は僕の低レベルな英語に閉口しながら、どうにか入国スタンプを押してくれた。
預けた荷物を取りに行った時、親子の姿はすでに見当たらなかった。